ブダペスト登山鉄道-普段使いのコグの詳細

ブダペスト登山鉄道-普段使いのコグ
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記事タイトル ブダペスト登山鉄道-普段使いのコグ
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ブダペスト登山鉄道(ブダペスト・コグ鉄道)Budapesti Fogaskerekű Vasút (Budapest Cog-wheel Railway) ヴァーロシュマヨル Városmajor ~セーチェニ・ヘジ Széchenyi-hegy(下注)間 3.7km軌間1435…… more mm、直流1500V電化、シュトループ式ラック鉄道、最急勾配110‰ 1874年 ヴァーロシュマヨル~シュヴァーブへジ Svábhegy 間、リッゲンバッハ式蒸気鉄道として開通1890年 シュヴァーブへジ~セーチェニ・へジ間延伸1929年 直流550V電化1973年 直流1500Vに昇圧、シュトループ式に置換 *注 正式駅名は、セーチェニ・ヘジ、ジェルメクヴァシュート Széchenyi-hegy, Gyermekvasút。 シュヴァーブへジ駅に到着する登山鉄道の電車(写真は別途付記したものを除き2019年6月撮影)  ハンガリーの首都ブダペストは、ドナウ川をはさんで西側のブダ Buda、オーブダ Óbuda と、東側のペスト(ぺシュト)Pest が1873年11月に合併して誕生した都市だ。その旧体制最後の年に、ブダ市と、ニクラウス・リッゲンバッハ Niklaus Riggenbach が代表を務めるスイスの国際山岳鉄道会社 Internationale Gesellschaft für Bergbahnen (BGfB) との間で、鉄道建設と運行に関する契約が結ばれた。 それはラックレールにピニオン(コグ、歯車)を噛ませて急勾配を上下する鉄道で、ヨーロッパでは、2年前の1871年5月にスイスのリギ山 Rigi で実用化されたばかりだった。敷設の目的は、ブダ市街からシュヴァーブへジ Svábhegy への新たな交通手段の確立だ。町の西に横たわるこの丘陵地は、当時、富裕層の別荘地や行楽地として人気が高まっていた。 シュヴァーブへジは、ドイツ語でシュヴァーベンベルク Schwabenberg(シュヴァーベン山)と呼ばれる。1686年のオスマントルコからブダを奪還した戦いで、神聖同盟の一員としてドイツのシュヴァーベン Schwaben 地方から遠征してきた軍隊が、ここに砲台を築いた(下注)ことに由来するという。 *注 実際に砲台が築かれたのは、山腹の、現在キシュ・シュヴァーブ・ヘジ Kis-Sváb-hegy(小シュヴァーベン山)と呼ばれている小山。 セーチェニ・へジに向かう急坂  すでに1868年以来、ドナウ河畔のラーンヒード Lánchíd(鎖橋)からヤーノシュ山麓ズグリゲト Zugliget まで、ブダ路面鉄道会社 Budai Közúti Vaspálya Társaság が馬車軌道を運行していた。新しい鉄道はそのルート上の、当時エッケ・ホモ広場 Ecce homo tér と呼ばれていた現 ヴァーロシュマヨル Városmajor を起点に選んだ。列車はそこから、浅い谷に沿って斜面を2.9km上り、張り出し尾根の肩になった標高394mの地点まで行く。契約では、夏の間1日2回、旅客輸送を提供するという条件が付されていた。 登山鉄道沿線の地形図にルートを加筆Image from bergfex and OpenStreetMap, License: CC BY-SA  1873年7月に認可が下り、すぐに工事が始まった。線路は単線で、中間点(現 エルデイ・イシュコラ Erdei iskola 停留所)に列車交換のための待避線が設けられた。線路の分岐部にはスライド式の装置(トラバーサー)が設置された。 ターミナル駅には、スイス風の装飾を施した2階建、ハーフティンバーの駅舎が建てられて、登山鉄道の雰囲気を醸し出した。運行車両として当初、スイスSLM社から120馬力の2軸蒸気機関車3両と、オーストリアのヘルナルス車両製造所 Hernalser Waggonfabrik からスラムドアのオープン客車10両、無蓋貨車3両が納入された(下注)。 *注 翌年、機関車1両と客車2両を増備。 開業初期の登山列車ミューヴェース・ウート Művész út 付近(1900年ごろ)Photo by FOTO:FORTEPAN / Budapest Főváros Levéltára at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0  「ブダペスト登山鉄道 Budapesti Fogaskerekű Vasút」は、こうして統合ブダペスト市誕生後の1874年6月24日に無事、開通式を迎えることができた。ちなみにリッゲンバッハは、ウィーン北郊のカーレンベルク Kahlenberg(下注)でも同じ方式の鉄道を手掛けており、こちらは同年3月7日の開業だ。そのため、タッチの差でブダペストは、旅客用としてヨーロッパで3番目のラック鉄道になった。 *注 リッゲンバッハとリギ鉄道については「リギ山を巡る鉄道 I-開通以前」以下、カーレンベルク鉄道は「ウィーンの森、カーレンベルク鉄道跡 I-概要」で詳述。 開業初期のヴァーロシュマヨル駅正面奥が駅舎手前に入換用のトラバーサーが見える(1880年代)Photo by FOTO:FORTEPAN / Budapest Főváros Levéltára at wikimedia. License: CC BY-SA 3.0  シュヴァーブへジ一帯には、低山地によく見られる適度な傾斜地が広がっている。かつては森に覆われていたが、18世紀になると開墾され、ワインの原料となるブドウの栽培が盛んになった。ところが1870年ごろからヨーロッパに蔓延した害虫フィロキセラによって、ブドウ畑は壊滅的な打撃を受ける。 耕作が放棄された土地を別荘などに転用する動きは、鉄道の開通によって拍車がかかったに違いない。居住地の拡大を受けて、鉄道をさらに上方へ延ばす計画が立てられた。そして1890年5月に、現在の終点である標高457mのセーチェニ・へジ Széchenyi-hegy(セーチェニ山の意)山上まで0.85kmが延伸開業した。 登山鉄道は、開通後長らく4月15日から10月15日のいわゆる夏のシーズンにのみ運行されていた。そのため客車も、側壁のないオープンタイプだった。しかし、定住者が増加したため、1910年から通年運行が始まった。冬の寒さに備えて客車も改造され、側面はガラス張りになり、乗降扉は端部に集約された。そり滑りやスキーなど、山でのウィンタースポーツを楽しむ人も多く利用したという。 再現されたオープン客車制動手が屋根上で、前方監視とともに客車のブレーキ操作を行ったPhoto by Albert Lugosi at wikimedia. License: CC BY 2.0  認可期間の満了に伴い、鉄道は1926年に市の所有となり、ブダペスト首都交通公社 Budapest Székesfővárosi Közlekedési Részvénytársaság (BSzKRt) が運行を引き継いだ。それまで路線は赤字続きで、更新費用が工面できず、設備の老朽化が進行していた。公営化を機に、市は、鉄道の抜本的な近代化に取り組んだ。その最大の方策が、蒸気から電気運転への転換だ。 電化方式は市内トラムと同じ直流550Vとされ、SLM社とブダペストのガンツ社による8編成の新車が納入された。これはローワン列車 Rowan Zug と呼ばれるもので、坂下側から電気機関車、客車(付随車)の2両セットだが、客車は自前の車軸を1本しか持たず、坂下側は機関車の車台に載りかかる形になっている。 さらに、運行間隔を短縮できるよう待避線が2か所増設され、山麓駅の末端には電車を収容する車庫と修理工場が新設される。一連の対応工事を終えた鉄道は、1929年7月に運行を再開した。 ローワン列車右が電気機関車、左が付随車の客車Photo from www.bkv.hu  第二次世界大戦からしばらく、登山鉄道には不遇の時期があった。戦災で開業時の駅舎が破壊されたのに続き、戦後は、南駅 Déli pályaudvar 経由でシュヴァーブヘジ方面へ直行するバス路線(21番)が開通して、鉄道不要の議論を煽った。 市内交通の運営主体が現在のブダペスト交通公社 BKV になったのは、1968年のことだ。ブダペスト統合100周年が近づくにつれ、廃止論は終息していき、代わって存続のための再改修が検討された。 計画では、陳腐化したローワン列車が、ジンメリング・グラーツ・パウカー Simmering-Graz-Pauker (SGP) とブラウン・ボヴェリ社 Brown, Boveri & Cie (BBC) による新しい連接車両(1M1T)7編成に置き換えられる。それに伴い、電圧が直流1500Vに、ラックレールは保守の容易なシュトループ式になる。旧方式での運行は1973年3月15日が最後で、工事の後、8月20日に新方式で運行が始まった。 今も運行を担う1973年製の連接車両  それから早や50年近くが経つ。その色と形から「赤い牝牛 piros tehén」の異名を与えられた電車は、機器や内装の改修を受けながら、今なお日常運行を担う存在だ。朝5時台から夜23時台までフル運行され、平日日中は20分間隔、休日日中は12分間隔で走る。全線の所要時間は14~15分だ。登山鉄道は、2008年からブダペストの都市交通網にトラム系列の「60番」として組み込まれ、ブダの山手地区に延びる生活路線の一つになっている。 ◆ 登山鉄道が出発するヴァーロシュマヨル Városmajor は、ブダの主要な交通結節点セール・カールマーン広場 Széll Kálmán tér(旧 モスクワ広場 Moszkva tér を2011年に改称)から西へ900mほどの場所にある。広場でトラム(路面電車)の56番、61番ヒューヴェシュヴェルジ Hűvösvölgy 行きか、59番セント・ヤーノシュ・コールハーズ Szent János Kórház 行きに乗って、二つ目の停留所だ。 ブダの交通結節点セール・カールマーン広場 (左)ヴァーロシュマヨル方面へ行くトラム(右)その車内  ヴァーロシュマヨル、略してマヨル Major は、市民には都市公園の名と認識されている。トラムはそのへりに沿う濃緑の並木の下の専用軌道を走っていく。ヴァーロシュマヨル停留所で下車すると、左側に鉄格子の扉がついた門が見える。登山鉄道のターミナルは、この中だ。 門の脇に、リッゲンバッハ式のラックレールとピニオンホイールのセットが置かれている。線路の向こうには、シュトループ式のセットもある。傍らの石碑に「登山鉄道はペスト、ブダ、オーブダ統合100年を記念して再建された。ブダペスト交通公社」と刻まれていて、1973年に行われた全面改修の記念碑のようだ。 トラムのヴァーロシュマヨル停留所 ヴァーロシュマヨル駅(左)駅の門扉(右)現在使われているシュトループ式の車軸とレール (左)統合100周年記念碑(右奥)(右)リッゲンバッハ式の車軸とレール  平屋の駅舎があるものの開いてはおらず、ましてや案内窓口や売店などはない。乗車券は市内交通と共通なので、24時間券などを持っているならそのまま使える。車庫へ通じている線路を渡ってホームへ上がり、停車中の山上方面行きに乗り込んだ。 牝牛に見えるかどうかは別として、幅広でずんぐりした形の車両は、リギ鉄道の旧型車を思い出させる。車内は、丸みを帯びた天井と扉ごとに立てられた風防が特徴的だ。座席はクロスシートで、端部はスラムドア車を彷彿とさせる5人掛け、反対側の端部は持込み自転車のためのスペースになっている。前面は塞がれて展望が効かないので、おとなしく席につこう。やがて定刻になり、電車は10数人の客を乗せてヴァーロシュマヨルの駅を後にした。 (左)乗降ホーム(右)反対側。線路は車庫へ続く 車内(左)クロスシートが並ぶ(右)持込み自転車用スペース、持込みには自転車券の購入が必要  左からの線路を合わせて、電車も左へカーブしていく。地図では一面の市街地のように描かれているが、実態は緑濃い山の手のお屋敷街だ。周りはほとんど森といってよく、点在しているはずのお屋敷を巧妙に隠している。 途中8か所の駅(停留所)がある。待避線はおよそ2駅ごとに設けられているが、平日日中のダイヤで列車が行違うのは、5駅目のアドニス・ウツァ Adonis utca の1回きりだ。帰りは山上からここまで歩いて降りたが、対面式ホームがあるだけの寂しげな駅だった。 片側に道路が沿っているものの、反対側は森に覆われた谷間で、野鳥の盛んに鳴き交わす声が聞こえる。列車交換では、山麓行きが先着して、山上行きの入線を静かに待つ。こんな駅でも下車客はあって、線路際の小道をたどり、森の中へ消えていった。 アドニス・ウツァ駅の列車交換山麓方面行きが先着 少しして山上行きが入線  シュヴァーブへジ駅には、ローワン列車が似合いそうな田舎家風の木造駅舎と、木組みのホーム屋根が残る。開業時のものではなく、使われてもいないのだが、終点だった時代をしのばせる空気が漂う。都市機能としても、駅前に路線バスが入るし、すぐ近くにスーパーマーケットも開いている。中間駅になってはいるが、実質的にはターミナルなのだろう。 シュヴァーブへジ駅 (左)田舎家風の駅舎とホーム屋根(右)かさ上げ前のホームを保存  現在の終点までは、あと二駅だ。森の谷間を這いあがる線路の坂道はそれまでよりきつそうで、最急勾配110‰はおそらくこの区間にあるのだろう。右にカーブしながら跨線橋をくぐると、セーチェニ・へジだった。 2面2線でしっかりした駅舎も建っているが、起点駅と同じくひと気はない。左側は森の中の公園で、訪れた時は子どもたちの歓声がこだましていたが、そうでもなければ寂寥感に囚われてしまいそうだ。山上とはいえ地形的に突出していないので、木立に遮られてしまい展望がきくわけではない。イメージとしては、住宅街の末端というところだ。 セーチェニ・へジ駅に到着 (左)入線する列車(右)ひと気のないホームで折り返しを待つ  ところで駅の正式名は、セーチェニ・ヘジ、ジェルメクヴァシュート Széchenyi-hegy, Gyermekvasút という。ジェルメクヴァシュートというのは、子どもたちが列車運行に携わる「子供鉄道 Children's Railway」のことだ。南200mにその駅があり、登山鉄道はせめてその最寄りであることをアピールしようとしているようだ。次回はこのユニークな鉄道について紹介しよう。 【鉄道名について】ハンガリー語(マジャル語)では、ラック・アンド・ピニオン鉄道のことを、fogaskerekű vasút(フォガシュケレキュー・ヴァシュート)と呼ぶ。fogaskerekű は歯車、vasút は鉄道(vas(ヴァシュ)=鉄、út(ウート)=道)を意味し、英語名でも cog-wheel railway、コグ(歯車)鉄道だ。本稿では「ブダペスト登山鉄道」と訳しているが、原語には登山や山地を意味する言葉は含まれておらず、あくまで意訳であることをお断りしておきたい。 ■参考サイトBKV https://www.bkv.hu/ ★本ブログ内の関連記事 リギ山を巡る鉄道 I-開通以前  リギ山を巡る鉄道 II-フィッツナウ・リギ鉄道  ウィーンの森、カーレンベルク鉄道跡 I-概要 ドラッヘンフェルス鉄道-ライン河畔の登山電車 close

ブダペスト登山鉄道-普段使いのコグ
サイト名 地図と鉄道のブログ
タグ 東ヨーロッパの鉄道 登山鉄道 鉄道
投稿日時 2020-08-24 01:40:15

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