芸備線を備中神代から備後落合まで走ったのは、昭和46年４月２日のことだった。　芸備線東城駅の近くにある親戚の家に泊まって午前中は布原で撮影をして、午後はC56形が走っているという木次線との接続駅、備後落合を訪ねたのである。当時の私はまだ中学２年生になるという春で、蒸気機関車の運…… more 転情報なども持ち合わせていない。限られた情報を頼りに、とにもかくにも行ってみたのだった。　芸備線の車窓風景は本当に長閑だった。目を見張るような風景が展開するわけではない。田んぼが広がり、小さな川が流れて、その向こうに低い山が連なる、ありきたりの風景である。それでもその１シーンが記憶に残っているのは、この日が本当に暖かかったからかもしれない。何もかもが希望に満ち溢れているような、そんな年頃でもあった。　辿りついた備後落合にはC56形が１両だけいて、その時の写真を見ると108号機である。この機関車との出会いがなければ、私はすぐにこの駅を後にしただろうし、その後の芸備線や、木次線への思いはまったく別のものになっていたはずである。その時の写真の１枚には機関庫の前に止まっているDE10形も写っていて、この機関車は本当にピカピカだった。　長くターンテーブルの奥に止まっていたC56 108は午後になると入れ換えを始めて、３時頃だったと思う。木次線に入っていった。入れ換えの最後に係員の人が「はい。次、１番」と機関車のキャブに声をかけ、機関車は推進運転で備後落合の１番線に入っていった。線路配置の関係から、備後落合駅は１番線に入らいないと木次線に入っていけないのである。それでも、そんな係員の声を間近で聞いていたのだから、カメラを持った中学生の坊やも、そのあたりをうろちょろしていたことになる。入れ換えをしている写真は残っていないから、構内を往復する機関車に見とれていたのかもしれない。やがてC56 108が引く貨物列車は、備後落合を出発し、右にカーブを切って視界から消えていった。そんな芸備線も廃止が噂されている。鉄道が、また、遠い所に行ってしまうことになる。 close

備後落合駅の思い出